2010年11月13日

聖書が教える性 (4)




 性交渉を表現するために、聖書が主に用いてい

る主な言葉は、「知る」であることはすでに述べ

たとおりですが、聖書には、多分この言葉の意味

と関わりがあるだろうと思われる、面白い記述が

あります。


 

最初の人間であるアダムとエバが神に逆らっ

て、食べてはならないと命じられていた木の実を

食べてしまったとき、彼らは自分たちが裸である

ことに気付き、木の葉で腰の周りを被ったと書か

れています。なぜ、腰の周りを被ったのでしょ

う。隠すなら、木の実を食べた口か、木の実を採

った手であるべきです。



 

キリスト教を騙(かた)るえせ団体には、アダ

ムとエバが腰の周りを被った、つまり性器を隠し

たことをもって、彼らの罪は性に関係するものだ

と言って、独特の性倫理を主張し、団体の中で奔

放な性行為を推奨しているものさえあります。教

祖などの高位の者たちが、人間の罪は性行為から

生まれているのだから、罪のない教祖や高位の者

たちとの性行為によって、罪が取り除かれるのだ

と教え、多数の信徒たちを毒牙にかけているわけ

です。



 

神に背く罪を犯したアダムとエバが、本能的に

取った行動は神から隠れることでした。つまり、

知られたくなかったということです。腰の周りを

被って互いに隠したのも、知られることを恐れる

ようになったためだと考えられます。性行為は

「知る」と表現されているように、互いの人間性

の奥深くまで知り合うことですが、罪を犯してし

まったアダムとエバは、互いに自分たちの奥深く

まで知られることを恥じ、恐れるようになったわ

けです。それで、「知る」ことと関係する性器を

隠すに至ったのでしょう。反対に考えると、当初

の性行為は、単に肉体的な結合で終わるものでは

なく、本当の意味で知り合うという、深みがあっ

たのでしょう。アダムとイブはそれを感じていた

のです。だからこそ罪を犯した彼らは、罪が暴か

れるのを恐れ、知られるのを嫌ったのでしょう。



 

現代の私たちは、あらゆる罪に染まってすっか

り鈍感になり、アダムとエバほどのナイーブささ

えも失ってしまいました。だからこそ、木の葉で

腰を覆ったアダムとエバの行為が、まるで、子供

向けの話のように他愛なく、滑稽に思えてしまう

のです。



 

そういうわけで、聖書が教える性の目的は、た

だ単に繁殖のためだけではなく、一組の男女が社

会の基盤を構成していく結婚を、成立させる機能

を持っていたということです。一組の男女が肉体

的にも繋がりあい、それを通して精神的にも繋が

りあうことであったのです。ただ、罪のために無

感覚になった人間は性を軽んじ、性行為で築かれ

る深い人間的つながりそのものを、破壊してしま

ったと思われるのです。



 

U. 性の間違った用い方




 神は子孫を残す手段として性をお造りになりま

した。また人間の場合は、結婚を成立させ、一組

の男女が深く理解しあい、二人としてではなく、

一体として協力して生きて行くためには、なくて

はならない心の繋がりを作り上げるための、大切

な要因としてお造りになりました。



 
 

 ところがその性が、人間の罪のために人間の心

が歪んでしまった結果、誤った目的のために使わ

れるようになってしまったのです。



 
 

快楽のための性

 



 間違った性の用い方の第一が、快楽だけを目的

とした性行為です。性行為には快感が伴います。

美味しいものを食べると美味しいと感激するのと

同じです。ただし、食べ過ぎるのは間違いです。

人間にはエネルギーと栄養が必要です、そしてそ

の必要を満たす食べるという行為に、神は喜びを

付加し、団欒の要素さえ与えてくださいました。




 神は子孫を増やし、結婚をより親密なものとす

るために性を与え、そこに大きな喜びを加えてく

ださいました。しかし食べる目的をすこしだけは

きちがえ、肥満になる人たちがたくさん出てきた

ように、性の目的をすこしばかり軽んじて、結婚

とは関係なく、快感だけを追い求める人々が、た

くさん出てきました。しかも、食べすぎには豊か

さが必要ですが、性行為には豊かさは関係なくい

つでも可能なのです。快感を得るための、もっと

も身近な手段となったのです。

 


 そのために、人類の歴史は性の歴史であったと

さえ言えるほどになったのです。夫婦間の性だけ

ではなく、結婚とは関わりのない性が氾濫し、人

間社会をそれなりに形作ってきたのです。性は、

人間社会に数多くの混乱と悲劇を生み出してきま

した。しかし憐れみに富む神は、そのような人間

の過ちを厳しく攻め立てて、悲劇だけには終わら

せることは避けてくださったのです。

                                   つづく








posted by まさ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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