2010年10月05日

それは非常によかった



         それは非常によかった

    創世記 1:31

   


 聖書の最初の書物である創世記の1章31節には、

次のように記されています。

「そのようにして神はお造りになったすべてのも

のをご覧になった。みよ。それは非常によかっ

た。」
  




 これは、神様が天と地をお造りになった物語の最

後の部分、いわばまとめの言葉です。神様はご自分

がお造りになった、すべてのものをご覧になって、

それはとてもよかった。非常によかったとおっし

ゃったのです。




 
 聖書に記されている、天地創造の物語は、今から

およそ3500年も昔に、その当時生きていた人々に

向かって書かれたものです。現代科学の知識にあ

ふれている人々を対象に、書かれたものではありま

せん。ですから、現代科学の知識など一切持ってい

なかった、3,500年前の人々に、最もわかり易い方

法で、天地創造にかかわる大切な事柄、当時の人々

の信仰生活に、最も必要なポイント、信仰の要を教

えたのです。そういうわけですので、現代の私たち

は、今から3,500年前の人々になったような気持

ちで、この部分を読まなければ、聖書の言っている

本当の意味が、理解できません。


 
 

 そういうことを知って、今の箇所を読みますと、神

様は、ご自分がお造りになったすべてのものをご覧

になって、それをとても良いと、判断されたことが解

ります。神様は完全な自然をお造りになったのです。

人造物ばかりがあ
ふれている都会から、一歩はなれ

て、自然の豊かなところに来ると、今でも、神様が非

常に良いとおっしゃった、神様の創造物が、たくさん

目に入ってきます。もちろん、今の自然は、人間の罪

の結果、ずいぶん醜くなってしまいましたが、それ

でも、神様がお造りになった美しい姿を、たくさん

留めています。




 
 自然といえば、私は、日本の自然が、格別に美し

いと思っています。多くはありませんが、いろいろ

な国を回って、それぞれの国の、自然の素晴らしさ

に、感動したものですが、四季折々で変化を見せ

る、日本の自然が織り成す美しさは、特別なもので

す。日本人は昔から、この自然を愛で、自然と一体

になって生きるのを、ひとつの理想としてきたとこ

ろがあります。最近はすっかり破壊されてしまった

とはいえ、まだまだ自然の素晴
らしさは残っていま

す。
 



 青い空、白い雲、緑の木々、どこまでも広がる水

平線、色とりどりの花々、木漏れ日のきらめき、小鳥

たちの歌声、虫たちのささやき。飛び回る昆虫や、

土の中に住む虫、あるいは水の中に住む、さまざま

な生き物までが、みな、自然の不思議を隠していま

す。よく観察すると、ウワー綺麗だな。素敵だな。す

ごいなーと、まさに、驚きと感動がいっぱいです。

このような素敵な自然をお造りになったのが、神

様です。このような、美しい自然、その微妙な調和

を見て、感動しない人はいません。このような素晴

らしいものをお造りになった神様は、素晴らしい神

様です。素晴らしい神様だから、素晴らしいものを

お造りになったのです。




 
 この自然には、素晴らしい神様の素晴らしさ、美

しい神様の美しさ、力強い神様の力強さが、見事に

表現されているのです。人間が作る歌や詩の中に

は、作った人の性格と言うか、性質が表れます。絵

画の中には画家の性格が映されています。神様が

お造りになった自然には、お造りになった神様の性

格、性質が反映されているのです。




 
 私たち人間も、神様に造られた自然の一部とし

て、素晴らしいものです。そればかりか、この自然

を、感動を持って見ることが出来る、目と心を与え

られているのです。先ほど読みました聖書の箇所

の少し前、27節には、「神はこのように、人をご自

身の形に創造された」と、記されています。




 
 人間は、神様の姿にかたどって、創造されたと

いうのです。これは驚くべき事実です。人間は、特

別に、神様の姿に似せて造られたのです。これは

顔や手や足の話ではなく、心と言うか、霊と言う

か、命と言うか、人間の本質の部分が、神様に似せ

て造られたということです。ですから人間はほか

のあらゆる動物たちと違って、神様によって美しく

造られたものを、また神様のように、美しいと感じ

る心を持っているということです。神様は、ご自分

がお造りになった美しいものを、美しいと感動して

喜ぶ、人間をもお造りになり、その美しいと感動す

る人間を、お喜びになるのです。そういう意味で

は、昔から自然に感動して生きてきた日本人は、神

様に喜ばれてきた人々だとおもいます。
 



 また、神様に似せて造られたということは、神様

と心を通わせることが、出来るということです。言

い換えると、人間には、神様を感じる心の部分、本

能があるということです。そのために、すべての人

間は宗教心を持ち、祈りをささげ、礼拝をしてきまし

た。人間とは、まさに、祈る動物のことです。他のど

のような動物も、祈ることはしません。生物学的に、

人間に最も近いといわれる動物も、ペットとして何

千年も人間と共に暮らしてきた犬や猫も、祈ること

はしません。神様に似せて造られてはいないため

に、霊的な存在である神様を感じることが出来な

いからです。
 



 自然の美しさや調和、あるいはその恵みを素直

に認めて、感謝を捧げる日本人の姿は、美しいもの

です。「なにものが おわしますかは しらねども

ありがたさにぞ 涙こぼるる と歌う日本人の姿

は、非常に尊いものです。春には、若葉で覆われる

山々、夏にはさんさんと輝く太陽、秋には豊かな実

り。日本人はその自然の中に神様を感じ、良くはわ

からないまま、崇め、祈りを捧げてきたのです。




 ただ、この日本人がぜひとも知らなければなら

ないのは、「なにごとの おわしますかは しらね

ども」といって 感謝を捧げてきた神様は、実は、

天と地をお造りになった、神様だということです。

その神様は、石でもなく木でもなく、山でもなく海

でもなく、あるいは太陽や月でもなく、それらすべ

てのものをお造りになった、天の神様であるという

ことです。私たちは、知らないまま、神様を礼拝し

続けるのではなく、礼拝の対象をはっきりさせて、

天地をお造りになった、神様を礼拝して行きたいも

のです。「どこのどなたか知りませんが、ありがと

うございます」と祈るのではなく、「天と地を造り、

私たちをも造ってくださった神様。ありがとうござ

います」と祈りたいものです。




  
そのように、天地を創造された神様を礼拝する

とき、私たちはこの神様からの豊かな祝福を、さら

にたくさん受け止めて、感動と、喜びに満ち溢れた

毎日を、送ることになるのです。
  












posted by まさ at 00:00| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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