2010年12月18日

聖書が教える性 (6)


 

一夫多妻

 

 神が人間をお造りになったとき、男1人と女1

が性的に結ばれて、夫婦になるようにお定めにな

りました。神の人間に対するご計画は、いわゆる

一夫一婦制です。(創世記
21824



 

 ところが、一般の歴史を見ても聖書の記述を見

ても、一夫一婦制はどこでもあまり守られて来な

かったことが明らかです。一夫一婦制が守られな

かったと言っても、そこにはいくつかの形があり

ます。



 

 第一は、社会制度として一夫多妻制を採ってい

る場合です。現代では多くの先進国が一夫一婦制

を採っているために、私たちは一夫一婦が当たり

前だと思っていますが、回教徒の国では一夫多妻

が一般的ですし、回教徒の多い国では回教徒だけ

は一夫多妻が認められているという例もありま

す。また回教徒だけではなくても、独自の文化と

アイデンティティを持っている小部族は、属する

国が一夫一婦制度を採っていても、彼らだけは一

夫多妻が認められている場合も多いようです。私

も、そのような部族の中で働いた経験がありま

す。



 

 旧約聖書を読むとすぐ気付くことですが、イス

ラエルの人々は周囲の人々と同じように一夫多妻

を習慣としていました。神は、元来一夫一婦を原

則として人間をお造りになったのにもかかわら

ず、一夫多妻を許容なさっているのです。それは

罪に陥った人間の道徳心の弱さだけではなく、罪

のために荒れてしまった自然の中で耕作し、(創

世記
31719)生活を営み、社会を機能させて

いく上で、一夫多妻をも認めてやらなければなら

ないところがあったのでしょう。これは弱い人間

への神の歩み寄りです。

 



 産業がある程度発達し、生活が豊かになり、女

性にもそれなりの生活力が認められるようになっ

た社会では、女性の地位だとか権利だとか平等だ

とかいう問題が、大きく取り上げられました。も

ともと、神は男女を平等にお造りになったのです

から、それはそれでよいことですが、社会制度が

未発達で、生産性が低く生活も厳しかった時代や

文化では、男尊女卑とも受け取られる一夫多妻

も、やむをえなかったと言えるのです。

 



 第二は、制度としては一夫一婦制を採っていな

がら、実際生活の上では、一夫多妻制になってい

るという場合です。実際のところはこれが非常に

多いと言えます。以前に、神が結婚とお認めにな

るのは、性交渉の成立だとお話したことがありま

すが、それを思い出してください。たとえ制度的

には結婚していなくても、性交渉が成立すると神

の本来の目的からすると、それは結婚と認められ

てしまうということです。(創世記
11824

Tコリント
616

 



 ただし、旧約聖書の律法を読むと、人間の罪深

さから来る弱さのために、この点においても神が

歩み寄ってくださっているところが、そこかしこ

に見ることができます。たとえば、モーセを通し

て与えられた律法によれば、結婚前の処女が男に

騙されて性交渉を持ってしまった場合、それは必

ずしも制度的結婚に結びつかなくても良いように

決められています。(出エジプト
221617

また、強姦の被害者も結婚したとは認められませ

んでした。(申命記
222529 この律法から

推し量ると、性的な問題に対して律法を実際に適

用するに当たっては、かなりの幅が認められてい

たと考えられます。

 



  また国の制度としての結婚と、事実上の結婚が

あります。たとえば現在の日本では、いわゆる同

棲があります。以前には足入れ婚という習慣も、

かなり多くの土地で行われていました。子どもが

できて、あるいは跡取りができて、始めて、結婚

が成立したと考えられるのです。このような土地

柄においての性道徳あるいは性に対する感覚は、

「男女七歳にして席を同じうせず」の、国家に強

制された性道徳とはかなりかけ離れたものでし

た。明治から昭和初期にかけての男女教育は、徳

川時代の武士階級に向けた儒教教育の名残に過ぎ

ないのです。ですから、日本の歴史の大部分で、

性に対する感覚はとても緩やかでおおらかなもの

だったのです。

 



  三行半(みくだりはん)を手にした女は、自由

に別の男と結婚することができました。三行半と

いうのは、ふつう考えられているような、夫が嫌

になった妻を追い出すための手段ではなく、妻が

夫から解放されて、自由に新しい男を物色するた

めの許可証のようなものだったのです。江戸時代

の銭湯がみな男女混浴であったと聞いて、驚く人

が多いのですが、日本は実におおらかだったので

す。どこの世界でも、制度としての結婚はしてい

なくても、事実上結婚していると認められる場

合、あるいは社会通念上結婚と認められた場合

が、たくさんあったのです。



 

聖書を読むと、基本的に、神は男女の性交渉を

結婚の成立と見做しておられたとしても、社会的

には結婚に至らない場合を認めておられることが

分かります。現実には処女ではない独身女性が、

結構存在したのです。寡婦となった女性、離婚さ

れた女性、無知のために騙されたりして性体験を

してしまった女性、強姦の被害者となった女性な

どです。また、男性側にも似た存在があったこと

でしょう。このような人たちに対して、厳しい一

夫一婦制を押し付けて、二度と結婚生活が出来な

くなるようにするのは、神の律法の目的ではあり

ませんでした。神が喜ばれるのは犠牲ではなく憐

れみです。神は案外、罪深い人間生活の酸いも甘

いもご存知の方なのです。

 



  制度が整った社会では、結婚が公に認められる

ためには婚姻届というものを出し、それが受理さ

れて結婚が成立するのですが、制度が整っていな

ければ、結婚の事実が周囲の人々に認められれ

ば、それが結婚として受け入れられました。イス

ラエルの律法でもそのようなものでした。男女が

交わって結婚が成立したと認められたのです。多

分、未婚の男女が一緒に一つの天幕に入ること

が、結婚の成立と見做されていたと考えられま

す。(創世記
2467



 

日本でも、男女の性交渉が成立することを結婚

と認めていた土地では、「聞き届け役」が襖の隣

で初夜の成立を確認して、親族一同、めでたしと

祝ったという風習が続いていたと言われていま

す。プイバシーを重んじる現代の私たちからする

と、なんとも珍妙な風習ということになります

が、性を淫卑なものと考えずに、かえって人間生

活の基本で大切な一部分と認め、また結婚を単に

男女の結びつきとも考えず、血族社会や地域社会

の重要な出来事をして認めて、祝うという習慣と

考えると美しいものです。

 



  一般に、ピューリタン的傾向を持っている宣教

師たちが、一夫多妻制度の土地に行って起こした

色々な問題が、記録に残っています。クリスチャ

ンになった男性に、第一夫人以外の夫人をすべて

離婚させるように教えたために、離婚させられた

夫人たちはみな生活ができずに、子どもたちもろ

とも路頭に迷う羽目になってしまったとか、そん

なことにはしたくない夫たちと、離婚させられた

くない妻たちが、キリスト教にこぞって反対した

とか、聖書の教えは信じるけれど、宣教師は信じ

ないと宣言する人たちが出てきたと言うことで

す。



 

5人の妻を持っていた族長が宣教師を嘲笑しま

した。「西欧のキリスト教国では、何回も離婚し

ては結婚をくり返している男女が沢山いるようだ

が、それは時間差一夫多妻、あるいは時間差一妻

多夫に過ぎないではないか。俺たちを批判するの

はおかど違いもはなはだしい」



 

私たちはできる限り、神の人間創造の原則に近

い生き方をすべきです。しかし、罪のために弱く

なった人間が作り出した、この混乱した社会に生

きる人々に、もう少し寛容な態度を持ちたいもの

です。神様のように、罪深い人間生活の酸いも甘

いも知って、それらの人たちがより神に喜ばれる

生き方ができるように、願い、助けてあげるべき

なのです。







 
posted by まさ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。