2011年01月21日

聖書が教える性 (8)

 

キリスト教と離婚

 

 キリスト教は離婚を禁じていると思い込んでいる人が多いようです。確かに離婚を禁じている教会が多いのは事実ですが、禁止したからと言って、離婚が無くなるわけではありません。世の中はそんなに単純ではありませし、その混迷した世界に与えられている聖書の教えも、そんなに単純明快ではあり得ません。キリストが離婚に言い及んだ記事を読んでも、それはかなり複雑であったことがわかります。(新約聖書マタイの福音書5313219311 また、使徒パウロの記述を読んでも、それは明らかです。(コリント人への手紙第一71017



 

 聖書の教え、つまり、キリストやパウロや、古くはモーセの律法などを読むとき、気をつけなければならない点がいくつかありますが、その一つは、これらの教えや律法が、罪を犯して惨めな状態にある人間と、その社会に対して与えられているということです。

 



 車や複雑な電気機器を購入すると、マニュアルが付いてきます。どのように使ったらよいか、「あまり親切ではなく」説明してあります。でもあれはまだ新しく、磨り減ってもいない、故障もしていない完全な製品に対する説明で、何か不具合を生じたら修理を頼むように書かれています。

 



 ところが聖書は人間と神との正しい関係を始め、人間同士の関係、社会生活について書かれていて、ある意味で、新製品のマニュアルのようでありながら、大きな違いがあるのです。それは聖書が、断ち切られた神との関係の中、混沌とした社会に生きなければならない、罪によって破壊された人間に対し、そのような実情の中でどう生きるべきかと、教え導く書物であるということです。 

 



 聖書は、一方では神のように完全に生きることが、本来の人間の生きる道であることを教えながら、他方では、それは絶対に不可能であり、この世界に生きる限り、不完全さと罪の中に悲しみ苦しみながら、生きなければならないことを教えているのです。

 



 結婚に関しても、聖書は本来の結婚のあり方がどのようなものであったか、わずかに示していることは示しているのですが、むしろ、断ち切られた神との関係と、壊れた人間関係、そして罪に牛耳られている人間の性質という、現実に対処した結婚のあり方を教え、その中で、離婚の問題も取り扱っているのです。

 



 ですからそれは、油が切れ部品が磨り減り、金属疲労を起こしてしょっちゅう故障する車でも、あそこをとっかえ、こっちをひっかえ、なんとかより良く走らせようと努力するようなものなのです。そんな車の苦労は、今の日本ではあり得ませんが、私がフィリピンの山岳奥地で宣教師をしていたころ、とても道とは言えないような道を
40万キロも走った三菱ギャランは、そのようにして使っていたのです。車を設計した人や実際に製造した人たちが見たら、腰を抜かすような対応と修理をしながら使っていたものです。

 



 聖書は、過酷な悪路の中で長年にわたって無理やりに乗り回された、車の使い方を教えた指導書のようなものなのです。ですから、本来離婚などはあり得なかった人間が、離婚せざるを得ないような状況の中で、いかに離婚を少なくし、より良い結婚を作り上げ、より幸せな家庭を築き、より平和で住みやすい社会にしていくかということなのです。

 


 
 それに対し、離婚は絶対に駄目、離婚は聖書の教えに反している、クリスチャンが離婚をするのは神に対する裏切りである、離婚したものは教会から追放するというような主張をするのは、「分かっていないなー。(ため息)」ということです。どんなに真面目に生きていても、離婚しなければならない状況に、追い込まれることがあります。どれほど立派なクリスチャンでも、離婚が避けられないこともあります。それが浮世です。そのような人たちを裁くのが、聖書の与えられた目的ではありません。

 



 人間は神を神として認めず、神の祝福を失った中で、なおも神を求めて生きずにはおれません。罪のために、本来の理想的人間像は失ってしまいながら、自分の良心に従い、理想に駆られて生きようとします。それは、たとえ罪を犯して神から離れてしまったとは言え、神によって造られたときの「神に似せて造られた人間」本来の姿を、ことごとく失ってはいないからです。

 



 そのような人間に対して、神は聖書を与えてくださったのです。人間が、いくらかでも本来の人間の生き方に近く生きることができるように、そして、本来の神との関係に近づくことによって、神からの新たな命と力をいただいて、まったく新たに作り変えられた者となり、永遠に生きる望みを持つことができるようにと、聖書は与えられているのです。

 


 聖書を、単なる「してはならない」「やってはならない」の羅列のように考えるのは、深刻な間違いであり、大きな損失です。






posted by まさ at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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